幸せの見つけ方

人生で1番不幸といわれる46歳!幸せって…なに?不安いっぱい「子なしアラフィフライフ」

あきらめよう

どうして、楽しいばかりの日々が続く毎日は

存在しないんだろう

 

気にしても仕方のないことに、心奪われ

平常心でいられない時間ばかりが

繰り返される

 

古代から、

生きることに人は

悩み続けてきたのかな

 

今日も1日、不安から始まる

どうしようもないことは

どうしようもないって

あきらめよう

 

どうにか出来る人がいるなら

私の代わりにやってくれ!

誰にもどうにもできないのなら

結局、やっぱり

あきらめよう

気持ちが落ちると…

こうやって、誰かに聞いて欲しくなる。

でも、取り留めもなく、解決策を模索してるわけでもなく、ただただ、心のイラつきを抑えたいだけだから

こうやって、独り言ができればいい

 

ここずっと、自分には手いっぱい、頭いっぱいの業務量に、もう無理だって心が泣いてる。

いくら嘆いたって、誰かが代わってくれるわけもなく、相談したところで結局、

自分の無用な、変えられないこだわりが仕事を増やしてるってことを指摘されるだけのこと。

だから、愚痴以上の前向きな発信はできない。

そんな中、他人の苛立ちを聞くことになった。

聞き入れる余裕がないから、私の不満が溢れるだけで、言葉を発することで悪化させることが目に見えてる。

自分を抑えることが、もう、辛い。

 

今日も午前様なんだろうな。

とにかく今は、ただただ、疲れている…

これじやなきゃ、っていうピッタリの靴

ついに、ついに、発見!

私の足にピッタリな靴の在庫。いったい、何年、諦めきれずにいただろう。

私の足は、甲が低くて幅も狭い。決して小さくはない。ヒールはほぼ無理。どうしても、つま先が痛くなってしまう。

お値段が高くても安くても、履いた時に、私の足が、「うん。これ、これ。」って言わないと

買っても、結局、痛くて履かなくなってしまう。

靴だけは、どんなに好みと違っても、どんなちダサくても、履いた時の、感覚でしか、決められない。

そして、「これだ!」って、私の足が許可してくれる靴は、なかなか、探して見つかるものでもない。

だから、ピッタリの靴は、同じ靴を2足買う。履きつぶしたら、また、同じ靴を買う。

それは、定番として、長年作り続けられている靴でないと、叶わない。となると、そこそこ、お値段の張ることになる。

それでもいいのだ。靴は何年も履く。いくつかをローテしながら…。

出会えたことが、喜びだ。痛くて歩けないのは、ホントに困る。

廃盤になったと、諦めないといけないと思いながら、探し続けた、「私の足にピッタリの靴」が見つかった。

店舗で、何度も、時を異にして尋ねてみたが、「ない」と答えられてきた、私の靴が、なんと、オンラインストアで売っていたのだ!

確か、オンラインストアも確認したはず…うーん、見落としてきたのか…🧐

まあ、いい。見落としでも、再販でも、手に入ればいい。

あー、本当に嬉しい😆

早速、ポチっと購入。昨日の夜届いたよ。今は私の足に収まって、私の足が喜んでる。

ひどくボロボロになった、これまで履いてきた靴も、磨かれて、まぁ、ほとんどツヤも出ないけど、まだまだ、隠居はさせませんっ。

でも、新しい靴を手に入れた!うふふっ🤭

すごく嬉しい!何年ぶりかの新品だぁ。今日は取り敢えず、試し履き。

たまに、勝手にマイナーチェンジとかあるからね。デザイン変わると形が変わって、同じサイズでもしっくり来なくなることが、かつて、他のお気に入り靴で起こっていた。

結局、その靴はもう、「私の足にピッタリの靴」ではなくなってしまったのだ。

うん、まあ、いい感じ。この調子なら、もう一足買って、ローテして履こう。

あー、嬉しいな😊

https://ginza-yoshinoya.jp/products/sh64348blk?_pos=1&_sid=3e44b24ef&_ss=r

 

 

50代無理しない生き方

どんなに多く見積もっても、人生折り返している。これからどんな風に、生きていくのか、どうなっちゃうのか、やっぱり不安。

母は80を越え、子どものいない、旦那とは歳が離れ、愛する我が子はパグという、普通に考えたら、いつか、私も「お独り様」になっちゃうんだよな。

いま、家族と過ごせている時間をどれだけ幸せを噛みしめて過ごせるか、どんな風に過ごしても後悔はするだろうけど、日々をもっと、家族と過ごしたい。

そのために、無理しない。頑張らない生き方を、51になった私は、本気でしていきたい。

でも…仕事を持つと、それはそれは私には難しいことだから、やっぱり、頑張らないといけない。頑張らないようにすることを、頑張らないと…

今ある幸せはきっと、最高の幸せだから。

8050

第二次ベビーブーム、団塊ジュニアと呼ばれる世代の私は、何かと社会問題の中心にいる。

いつまでも自分だけは若い気でいて、世の中の問題を他人事のように見ていたけれど、実は常に話題の真ん中だった。

 

あぁそうか、どんなに元気な人にも老いはやってきて、不老不死なんて存在しないんだった。と今更ながらに納得したりする。

頑張り屋でアクティブで元気な母ももう80。

ベッドで横になる時間が増えてきた。

自分勝手で思いやりに欠けるわがまま娘の私ももう50。

子供のいない私の、ママっ子は一生モノだ。

今までのような好き勝手をして、後悔したくない。母をもっと労わろう。母をもっと大切にしよう。私が母をどれだけ愛しているか、ちゃんと伝わるように日々を過ごそう。

母との時間をかみしめて大切に過ごそう。

大好きな私の母が1日でも長く、元気で幸せを感じて過ごせるように、母との時間をもっと作ろう。

そして、私自身が病に倒れないように、心も体も元気でいられるように、生活を経済をちゃんと私が維持できるように、努力しないとっ!

 

 

凌ぐ

大きな不安や不満が目の前に

立ちはだかっている訳ではない

 

大きな困難も小さな不安も

ポコポコ ポコポコやってきて

沸騰した熱湯みたいになっている

 

ただの水だから

吹きこぼれることはきっとない

 

ただ いつか

誰にも気づかれずに

枯れ果てる

 

ポコポコ ポコポコ いってるよ

まだ大丈夫 まだ大丈夫って

それは結構 辛いんだけどな

 

自分で火を消すことができたらいいけど

それができないから

沸騰してる

 

ポコポコ ポコポコ ポコポコ ポコポコ